誰か他者に話すか、
それとも文章に書いてみたらわかります。
頭の中で考えていたことが、
表現という経路を経ることによって
より明快になるという事実が。
話すとか書くことが他者への伝達の手段であるとするのは正しいが、
それとても手段の一つにすぎません。
自分自身の考えを明快にするにも
実に有効な「手段」でもあるのですよ。
「ルネサンスとは何であったのか」 より
以前私はSAblogで
「自分の専門分野を素人に理解できるように話す(書く)ことほど、
自分の仕事の理解を深めるのに役立つことはありません。」
と書いたことがあります。
その時はまだ本書は読んでいなかったのですが、
「話すとか書くことが・・・自分自身の考えを明快にするにも実に有効な「手段」でもあるのですよ。」
のフレーズには勇気づけられます。
実はこの一節は
「ルネサンスとは一体全体なんだったのか」
という作中でされた質問の返答の続きです。
前段は下記のとおり
「創造するという行為が理解の「本道(ストラーダ・マエストラ)」であるからですよ。
ダンテも言っています。
考えるだけでは不十分で、
それを口であろうとペンであろうと画筆であろうとノミであろうと
表現して初めて「シェンツァ」になる、と。
イタリア語の「シェンツァ」(Scienza)は英語に訳すと「サイエンス」(Science)ですが、
この場合は「科学」とか「学問」よりも、これらの言語の語源である
ラテン語の「シエンティア」(Scientia)が意味した
「知識」ないし「理解」と考えるほうが適切でしょう。
このダンテが正しいことは、あなたが今考えていることを・・・」
ここで紹介した先の一節に入ります。
さて、ここからは私の解釈ですが
「創造するという行為が理解の本道」
であるならば、
想像力豊かな人はものごとをより深く理解している人であり、
創造できなければ、理解が浅いというこになります。
この解釈は、私の中では、新たな視点です。
人を見る目においても、わが身を振り返るにおいても。
150万社に及ぶデータベースから
創業100年以上
を抜き出したところ
2002年の段階で
15,207社
にのぼった。
1万5千社以上である。
ただし、ここには東京商工リサーチが把握していない
個人商店や小規模な会社は含まれていない。
大学や企業の研究者たちの報告では、
十万以上と推定されている。
「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」 より
仮に10万社とすると、
日本人の1200人に一人が100年企業の社長
ということになります。
・・・意外に多いな。
ていうか日本の老舗企業が世界的にみて圧倒的に多い。
その圧倒的ぶりや、「なぜ日本だけが」とか、老舗企業の活躍ぶり
については本書を読んでいただくとして、
「22世紀の老舗企業 = 100年企業になる。」
とは、恥ずかしながら2年前から私が掲げたサンライズの目標の一つです。
「1200人に一人」
という数字は、勇気を与えてくれます。
この日本で事業を営むなら、夢物語ではないかもしれない、と。
但し、他国に比べたらハードルが低めだというだけで、
数々の条件は満たしていかねばなりませんが。
現代でも、先進国ならば道路も鉄道も完備しているので、
われわれはインフラの重要さ忘れて暮らしていける。
だが、他の国ではそこまで期待できないので、
かえってインフラの重要さを思い知らされる。
水も、世界中ではいまだに多くの人々が充分に与えられていないのが現状だ。
経済的に余裕がないからか。
インフラ整備を重要と思う、考え方が欠けているからだろうか。
それとも、それを実行するための、強い政治意志がかけているからだろうか。
それともそれとも、「平和(パクス)」の継続が保証されていないからだろうか。
「すべての道はローマに通ず ローマ人の物語 Ⅱ」より
「企業インフラ」
とググッてみると、「ITインフラ」と同義語で使われている場合がほとんどです。
しかしながら上記のアンダーライン、
「先進国」を大手企業に、「他の国」を中小(零細)企業に置き換えてみると
「忘れて暮らしていける」道路や鉄道にあたるものが企業にもあるはずです。
列挙してみれば実はキリがないのですが
「忘れるほどあって当たり前のもの」
を整備するのが私の役目ではないかと、この頃ぼんやり考え始めています。
本書ではこうも述べています。
「アウグストゥスは、初代皇帝の名に恥じず、帝国の基盤のすべてを築いてしまった人なのであった。」
ローマ帝国の皇帝をひきあいに出すのは甚だ失礼ですが
さて、サンライズの初代社長は
「基盤のすべて」を築くことができるでしょうか。(大変だ)
サリー
「しゃちょう! 今年の社員旅行はどこですか?! モナコですか?!
い、いやモナコはまだまだ・・・
K.K
「去年は山だったから海にしましょうよ!」
海、いいねぇ。じゃあ夏だな。
ということで、今年の社員旅行は
7月に八丈島
になりました。
去年はスキーで決死の覚悟だったからなぁ。
八丈島ならのんびりできるかな。
K.K
「体験ダイビングやる人!」
サリー
「私やります!」
あ、僕も。
K.Kは熟練ダイバーだから慣れたものです。
彼がいれば大丈夫でしょう(^^)
K.K
「う~ん、八丈島はまだ水温が低いな。しゃちょう、マジ寒いっすよ」
え、寒いの? 南の島なのに?!
「えぇ、ウェットスーツ着ても凍えます。硬直して沈んだんままにならないように注意してくださいね!」
・・・
や、やっぱり今年も決死の覚悟?!
3年、とはいいますが、
彼らはいったい何年、苦闘してきたのでしょうか。
彼らとはほかでもない
明治大学体育会競走部のことです。
たぶん一番わかりやすい、箱根駅伝だけを例にとりますと
平成4年~16年(1992年~2004年) ぜんぶ予選落ち。
平成17年(2005年) 14年ぶりの出場で18位。(ビリから2番目)
平成18年(2006年) 18位。(〃)
平成19年(2007年) 16位。
平成20年(2008年) 予選落ち
ず~っと予選落ちでやっと出場したと思ったら
超低空飛行で再び墜落。
普通ならやってられません。。
しかしながら、部長と監督がしぶといしぶとい。
前哨戦の関東ICで一部昇格の上、
全日本大学駅伝予選でも見事1位通過。
私は周囲の人に
「今年の明治は違うぞ!」
と毎年言っていましたが(^^;)、
今年はどうやら言わずとも
実績が物語っているようです。
情熱にはやがて流れが味方をし始めます。
彼らの情熱が、陽の目をみる日が近づいている気がしています。
それを長く維持していきたいと思えば
一度といわずしばしば本来の姿に回帰することが必要である。
(中略)
つまり、はっきりしていることは
なんの手も打たずに放置したままでいるような国は
短命に終わらざるをえないということである。
改革の必要性は、初心にもどることにあるのだが、
なぜそれが有益かというと、
それがどんな形態をとるにしても共同体であるかぎり
その創設期にはかならず、なにか優れたところが存在したはずだからである。
そのような長所があったからこそ、今日の隆盛を達成できたのだから。
「マキアヴェッリ語録」より
かなりハマっていた(いる?)「ローマ人の物語」から時代を下ること1千年、
16世紀の政治思想家マキアヴェッリの言葉です。
規模はぜんぜん違いますが(汗)、弊社もひとつの共同体です。
短命に終わる気はないので改革は常に必要であり、
ただいま「リブランディング」検討の真っ最中です。
その一助としてマキアヴェッリ的に考えたとして、
弊社の創設期にあった優れたところとはなんでしょうか。
今日この場では述べませんが、箇条書きで書き出して見る必要がありそうですね。
それほど間接費がかからないというのも事実である。
組織や仕組みさえ変えれば、高採算の事業だけを行って、利益率を落とさないことは十分に可能なのである。
(中略)
最初は単純な事業でも、軌道にのってくると、経営者はすぐにそれを複雑にしたがる。
だが、収益性は複雑を嫌う。
事業が複雑になるにつれて、利益率はどんどん落ちていく。
「人生を変える80対20の法則」より
弊社もおかげさまで、牛歩ではありますが発展を続けています。
ただやはり「まだまだ」感が強く、常に新しいことを考えたり始めてしまったりするのですが、
本書の
「最初は単純な事業でも、軌道にのってくると、経営者はすぐにそれを複雑にしたがる。」
というフレーズはグサッときましたね(^^;)
気をつけないと、あぶないあぶない。。。。
本書は続けてこう述べています。
「そのことさえわかれば、対策は簡単で、逆をやればいいのである。
事業を単純化すればするほど、収益性はたかまる。」
ただし、
収益の80%を恵む20%の行いと
損失の80%をもたらす20%の行いが何か
を十分に認識した上でものごとをすすめなければなりませんが。
渋谷事務所に移転以来
弊社のグループウェアでは、周囲の食べ物屋さんの情報が熱くなっています。
「三大欲の一つ「食欲」それを追求して何が悪い!」
と、いつの間にか社員の誰かが立ち上げたスレッドを覗いてみますと、、、
<ピッツェリア・トラットリア ナプレ>
【URL】
http://www.bellavita.co.jp/napule/
【料金】
パスタ:\1000、ピッツァ:\1400
【おすすめ】
マルゲリータ・レジーナ協会認定だし、「世界ピッツァ選手権'07 山本尚徳 総合優勝
2007年6月 ナポリで開催された『Pizza Wolrd Cup 2007(世界ピッツァ選手権)』で、ナプレのピッツァイオーロ山本尚徳が日本人初の総合優勝を獲得しました!」
とあるので、とにかくピッツァでしょ!
ミッドタウン店も美味しかった♪
従業員が国際色豊かです。
【オフィスから】
青学を通り過ぎて骨董通りを通り過ぎて
スパイラルの次の通りを右に曲がったところ。
<セレブ・デ・トマト>
【URL】
http://www.celeb-de-tomato.com/
【料金】
パスタランチ\1500
【おすすめ】
全部トマト料理。パンにすらトマト。女の子受けは抜群♪
サラダがとにかく美味しい。デートにどうぞ。
【オフィスから】
青学に向かって歩いて、突き当たりを右に曲がったとこ。
<大臣>
【URL】
【料金】 500円
【おすすめ】 日替わり弁当
【オフィスから】 出て右の交差点。直進して右側。
弁当交差点の一角を担う店。
URLは発見できませんでした。
検索し辛い店名。
弁当に特化しています。昼時限定。
値段の割に具が多かった印象。味もなかなか。
ライスを4種類から選べます。
前回は野沢菜ご飯を選んだっけな。
業者モノ、というか平安時代の強飯(こわいい)的に固められています。
不味くはないよ。
ここも味噌汁付きます。
ってか外でレトルトの袋貰えます。カップは10円。
悪くないですよ。
弁当レポート3つ目。
・・・などなど、
おしゃれなパスタ屋さんからお弁当屋さんまで、いつの間にか20軒くらい紹介されています。
知る人は知っている、食いしん坊揃いのサンライズでした。。。(^^;)
「単純に考える」
ことの効用は大きい。
・・・
「単純に考える」
というのは深く考えないという意味ではない。
むしろその正反対だ。
ものごとを考えに考え抜き、つきつめた結果到達した本質、
つまり
「要するにそれはなんなのか?」
という質問に対する答えは非常にシンプルなものになる。
端的に言ってしまえば
ものごとの本質を理解すれば、それは一言で、長くても三十秒で説明できるものである。
「地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」」より
「ものごとを三十秒で説明する」
などということは、私たち(特に技術者)は日常ほとんど意識していないですね。
一つ一つ確実に積み上げて「ものづくり」をするのが技術者の仕事なわけですから、
「単純化」
という発想が生まれにくいのでしょう。
しかしながら、
「結果から」「全体から」「単純に」
というフェルミ推定の思考法は、今後技術者も訓練するべきものと思いました。
なぜなら
結果から考えるとは、
ゴール(結果)を見据えて適時にリソースを配置・調整するプロジェクト管理の要諦であり
全体から考えるとは
どのビジネス・システムにも重要な全体最適指向につながり
そして
目的が実現されるなら
システムはシンプル(単純)である方が優れているからです。
優秀な才能によって人々を率いていくだけの人間ではない。
率いられていく人々に、
自分たちがいなくては、
と思わせることに成功した人でもある。
持続する人間関係は、必ず相互関係である。
一方的関係では、持続は望めない。
「ハンニバル戦記 ローマ人の物語 Ⅱ」より
古代ローマの最強のライバルであり、稀代の戦術家ハンニバルが敵地イタリア半島で戦い続けた16年間。
終盤は劣勢で兵士たちもさぞ苦しかったろうに、
「まったく一人も、ほんとうに文字どおり一人も、ハンニバルを見離した兵士はいなかったのである」
という。
その不思議に対する塩野七生氏の分析です。
これは「相手にどう思われるか」ですから、
狙ってできるものではありません。
こういうときは、開き直ります(^^;)
従業員の皆様、協力会社の皆様、もちろんお客さま。
皆様がどう思おうが
皆様がいなければ、サンライズは成り立たたない
というのは
どっやっても覆せない厳しい(?)現実だからです。。。
ユーザーが要求仕様書(RFP)の作成で
主体性を失ったことにある。
(中略)
そこで
ITベンダーに一切を任せる企業が出てきた。
アウトソーシングに踏み切る企業である。
だが、そうしたことが
「最悪の事態を招く」
「IT産業 崩壊の危機」より
これは、非常に難しい問題です。
なぜなら、要求仕様書を作るのは、
かなりにハードで高度な仕事だからです。
ITに精通せず、かつ他のテーマを抱えたままのユーザーの担当者には、
単独で行うのはまず無理と考えるべきでしょう。
そこで、代理人としての弊社などの出番があるのですが、
本書ではアウトソーシングの弊害を述べた後で、こう主張しています。
「情報システムはユーザーにとってビジネスの仕組みの一部である。
本当に構築方法を知らなくて、ビジネスを推進できるというのだろうか。」
実はこの言葉の中にも、この困難な状況を乗り切る鍵があります。ITを
「ビジネスの仕組みの一部」
ではなく
「ビジネスと一体」
であると考えることです。
「一部」であれば「一部」に過ぎず、他の何かでもカバーできそうです。
現実にはそうでないとうことは、
明らかに「一体」であるということです。
・・・
私がアンダーラインを引く理由のひとつ。
何か問題を抱えたり新しい着想が欲しいとき、過去に読んだ本を開き、ヒントを探すためです。
「我々の直面する重要な問題は、それをつくった時と同じ考えのレベルで解決することはできない」
七つの習慣 より。
弊社(私)にとっても、パラダイムの転換が必要なときが来ているということでしょう。
現実のすべてが見えるわけではない。
多くの人は
見たいと欲する現実しか見ない。
「パクス・ロマーナ ローマ人の物語 Ⅵ」より。
私がアンダーラインをひくまでもなく
「カエサル語録」として有名な一句。
また本書ではリーダの条件として
「自らの能力の限界を知ることも含めて、見たくない現実まで見すえる冷徹な認識力」
をあげています。
悪いことも良い方に解釈してその場をしのぐ
ことが得意な私ですが(^^;)、
本書を読んでからこの一句が忘れられません。。。
そして、
「見たくない現実」
にも(しかたなく)視線を移しはじめました。
業界で仕事をしていればみんな薄々感づいていたことかもしれません。
次回のアンダーラインは
本当は見たく(読みたく)なかった
「IT産業 崩壊の危機」
となります(><)
用いる言葉の選択で決まる。
日常使われない言葉や
仲間うちでしか使われない表現は、
船が暗礁を避けるのと同じで
避けなければならない。
「ユリウス・カエサル ローマ人の物語 Ⅳ」より
「業界用語」とは情報システム分野に限ったことではありません。
システムを導入しようとしている会社の業界・業種にもあてはまります。
私の場合、情報システムと、プラント保全分野にまたがってやってきました。
(なんだかんだと)十数年やってきて思うことは、
自分の専門分野を素人に理解できるように話す(書く)ことほど、
自分の仕事の理解を深めるのに役立つことはありません。
そして、相手(ITに精通していない顧客)に理解されなければ、
どんなに素敵にコーディングしても、評価は低いままです。
2000年前のユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)のこの言葉は、
時を越えて、今の私たちが、肝に銘ずることなのかもしれません。
余談だが、企業が採用において重視するのは、なにも学歴や専攻だけではない。部活動も同程度、いや、場合によってはそれ以上jに重要視されることがある。
はっきり言うと、
体育会系であれば、偏差値プラス10くらいは下駄を履かせてもらえるのだ。
(中略)
彼らが企業を魅了してやまない理由とはなんだろう。
(中略)
彼らの(企業から見た)最大のセールスポイントはひと言でいえば「主体性のなさ」だ。
(再び中略)
これは、義務教育などよりもはるかに強力な昭和的価値観を醸成する。
(まるで戦前の小学校で見られたような)徹底した組織への自己犠牲の精神、
ときには体罰さえも含む厳しい上下関係といったカビの生えたような遺物が、
いまも多くの体育会では脈々と受け継がれているためだ。
「若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来」 より。
お見事!!
生粋の体育会の私としても、賛成賛成。
体育会の(セールスポイントとはいえない)特性を、著者は見事に喝破していらっしゃいます。。。
私自身も恥ずかしながら、ある方に指摘されるまでは
「自分では頑張っているつもりかもしれないけど、他人の思惑に沿って生きている」
ことに自覚がありませんでした。
主体性のなさとは、つまりはそういうことです。
ただ、
他人の思惑に沿うのと、「協力する」のとは、違いますからね。
真のいわゆる「Win-Win」の協力関係とは
主体性をもった自律したもの同士でしか成り立ちません。
そういった意味でも、「体育会主義」とは、
少なくとも大人になったら、離脱しなければいけないと
過去の苦々しい思い出と重ねながら、再認識した次第です。
PS.
冒頭に「余談だが」とあるとおり、
本書はもっと深刻な、人事制度における制度疲労ともいえる問題を扱っています。
このコラムは「余談の余談」ですので、悪しからずご了承のほど(^^:)
社員の能力によって業績が上下します。
それは社員個人の能力や資質によって仕事を割り振りする
つまり
人に仕事を張りつけているためです。
我が社は逆に
仕事に人を張りつけています。
要するに
どんな仕事であってもだれもができるようにすることをまず考える。
「儲かる仕組み」をつくりなさい より
弊社の業態(オーダーメイドのシステム開発)では、
「だれもができるようにする」
というのは至難の技ですが、
近いことで一点、心がけていることがあります。
それは、どのプロジェクトであっても
「誰かが仕事を代替できる」
体制を常に保っておくことです。
みな生身の人間ですから、
いつ何時なにがあるかわかりません。
「その人がいなくなったら仕事ができない」
では、企業としての責任は果たせません。
多少効率が落ちて時間がかかったとしても、
仕事は完遂させなければいけません。
・・・と、ここまで書いて
私(社長)がいなくなったとしたら??
と思いましたが、この対策はなにも行っていませんでした(^^;)
本書では続けて、こう述べています。
「それを実現するためにはどうしたらよいかと考えて、
出た答えが長期休暇をとらせることだったのです」
・・・お休みとろうかな。。。